お彼岸にはお墓参りを

お彼岸。オヒガン。1年に2度あるお彼岸である。

字のごとく彼方の岸から、亡くなった人たちが戻ってくる日である。
たしかそうだったと思う。(違っていたらごめんなさい)

だからこの時期にお墓参りに行く。

家には仏壇がある。仏壇に向かっても線香をあげる。
お墓に行っても線香をあげる。

亡くなった人は、本当はどっちに戻ってきているのだろうか?
アホな私は、くだらないことを考える。

お墓参りに行っている時はお墓にいてくれて、私たちが自宅に戻った時には、自宅の仏壇まで一緒についてきてくれているのだろうか?

子どもの頃、父親に死んだあとはどうなるのか聞いてみたことがあった。
「お父さんも死んだことがないから、分からない」
それが父の答えだった。もっともな回答である。

その父は今、彼方の岸にいる。
そしてお彼岸には、此方の岸に戻ってきてくれているはずである。
だけど、彼方も此方も関係なしに、自分たちのそばに、心の中に、いつもいてくれていることは間違いない。

そう感じることはできる。

だけどいまだに、仏壇、お墓、お盆、彼岸がピンとこない自分がいる。
きっといつの日か、自分も彼方の岸にわたる日が来れば、その時に分かることなのかもしれない。
それまでは、もしもこどもに聞かれたら、父が私に答えてくれたように、自分も教えてあげようと思う。

「死んだことないから、分からないよね〜」

諸行無常。誰にも平等にやってくる死。丹波哲郎にも会えたりするのだろうか。

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