「ケチな私」と「貯金0の親友」

私は自分のことを節約家だと思っているが、お金を湯水のように使う親友(同世代・女性)にはきっと「ケチ」だと思われているに違いない。

例えば一緒に大型デパート企画の「北海道展」に行ったとしよう。親友の両手には抱えきれないほどの「ロイズチョコ」やら「マルセイバターサンド」が抱えられているにも関わらず、試食だけで満足した私は手ぶらである。旅行先で旅館までタクシーで行きたいという親友に対して、私は断固として歩くことを主張する。旅館でじゃんじゃんお酒を注文し、あとで値段を聞いてあわてる親友に対し、私はどんなに酔っていても頭の中で料金を計算しストップをかける。まさに真逆、水と油だ。

どうしてうまくいっているのか考えてみた。いや、そもそもうまくいっているのか。しかし付き合いはもうすでに20年近く。うまくいっていると評価してもいいのではないだろうか。思い切って聞いてみた。さすがに「私ってケチ?」とは聞けないので、「お互い金銭感覚が違うよね〜」と話をふる形で。

それに対する彼女の反応はこうである。私のおかげで、自分の無駄遣いにストップがかかると。そこまではまだいい。その後の一言が私を絶句させた。

「もし、私のお金が一銭もなくなったら、あんたが助けてくれるでしょう」こうである。

私は「アリとキリギリス」のアリなのか。とんでもない。例えキリギリスが雪の中で野垂れ死にしようと助けてやるもんか。そう言いかけたが、実際彼女が野垂れ死にそうになっていたら・・・・そう考えると放ってはおけないという感覚がよぎる。

逆に私にとってのメリットはなにかと考えると、もし私のようなケチがもう一人いたなら、人生がギスギスして仕方ないと容易に想像できる。すべてをお金に換算しがちな私と違い、彼女はおおざっぱで寛大である。しかしそれとこれとは別だ。せめて彼女に貯金ぐらいはさせておこう。かなり困難な作業になりそうではあるが。

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